つながり

井上 福太郎

Fukutaro Inoue

福ちゃん

久米島馬牧場

久米島という人も土地も豊かな場所で、馬牧場を営んでいる福ちゃん。種族も年代も生い立ちも越えて、みんなが代々繋いできたものを、自分も繋いで、地に根を張った「生きる」を体現してる最高に素敵な兄さんです。NBWのコンテンツのシンカのきっかけの多くが、福ちゃんとの時間の中にあります。ただ南の島に行くんじゃない。ただ馬に乗る楽しみじゃない。久米島の福ちゃんを通して、島を知って、人を知って、馬と自然と触れ合えた事に、心から感謝します。

福ちゃんはどんな活動をされていますか?

沖縄在来馬ヨナグニウマの保存と活用を軸に、沖縄県久米島の小さな集落に家族と暮らしながら、コミュニティー再生と活性化をテーマとしています。

NBW(吉田・豊田)と出会ったきっかけを教えてください。

数年前に、れいこさんが牧場に遊びに来てくれてことから。
そこから何度かきてくれて、色々を話をしていきました。

NBWと出会って、どんな気づきがありましたか?

自分が自然や動物から感じ学んだことを、お二人が人の身体に対するアプローチに活かされていて、全てが通じていることに対する驚きと感動を感じています。

福ちゃんはこれから、どんな可能性を見つけて行きたいですか?

個々が、ごまかさず偽らずにお互いに尊重しあい、それぞれの特性を発揮できるコミュニティーの在り方とその可能性を見つけていきたいです。
 
 

それでは少し深堀していきます。 福ちゃんがヨナグニウマに出会うまでの人生について教えてください。

僕はずっと、やりたいこととか何をすべきなのかとか全くない人間で、もうずっと惰性で生きてきて。なんとなく周りの人に合わせながら生きてきたんですけど、

久米島に来て、ちょっとずつ自分が好きなものとか、やりたいこと、得意なこと、やるべきことが見えてきたって感じなんです。

馬と出会って自分の牧場始めてからは、
逆にやりたいことしかない。それぐらい大きく変わった。

その変化の理由は何なのかって常に考察してるんですけど、当然環境がすごく重要だなと思っていて。

自分がここ最近一番強く思うのは、続いてきてることの大事さです。

自分はニュータウンっていう、自分たちの親の世代ぐらいから作られた街で生まれ育って、集まった人々のコミュニティの中で育ってきたんですけど、

その時は当然気づきませんけど、生まれ育った場所なんで。
今思えば大きな違和感が常にあったなって思っていて。

その中で中学時代にいじめにあった経験がインパクトとしてはすごく大きくて、すごく辛い三年間だった。

それが久米島に来て、こういうことかってすごく合点が行ったのが、
文化とかそこに暮らしてきた人たちがつなげてきたものの必然性みたいなものが、すごく居心地が良かったんですよね。

それでこういうことなのかっていうのは、すごい大きな気づきだったかな。
そこに出会えてすごい良かったなっていうのはありますね。

なぜ久米島で、こうやって牧場やりたいかと思ったのかっていうと、一番大きな理由が、ここで自分は家族を作りたいと思ったんですね。

自分はニュータウン生まれ育ちなんで、今帰ってもふるさとって存在しないし、両親も自分が幼少期育ったところにいるわけでもないし、当然実家ってただのマンションの一室なので、実家って言うか親が住んでいる場所ですよね。

だからもう帰る理由が本当に全くなくて、根無し草みたいな状態ですよね。
そうだった時に自分はどういう場所で根っこはるべきなのか。あとは自分の子供達には、そういう根のあるところに帰ってきてほしいっていう気持ちがあったので、

久米島は自分としてはそういう意味で理想的な場所だったから、本当に根を下ろして、自分の土台を作っていける場所だなと今思っています。

他の島ではなく、なぜ久米島だったんでしょう? 福ちゃんから見る、久米島の最大の魅力って何ですか?

他の島をどっぷり体験したことはないんですけど、唯一あるとしたら与那国島に半年間だけど、久米島に大きく感じたのは「受容力」ですね。

久米島はやっぱり受け入れる力、受容力っていうのはすごく感じます。

それは、環境としても?島にいる方達っていうことですかね?

僕にとっては人の面が大きいかな。人の受容力の高さはすごい。感動したというか、自分にとっては、すごい好きな久米島の魅力です。

当然それは土地の風土とか今までの歴史に由来することだとは思っているので、そこを抜きにして語られることではないと思ってるんですけど、やっぱり人っていう部分が僕にとっては一番大きいですね。
 
 

福ちゃんが大切にしているもの・ことを教えてください。

動物として生きることです。

「動物として生きること」という答えが出るに至った、経験や経緯を教えてください。

そうですね。やっぱり自分が久米島に来るまでの暮らしって、もう真逆だと思うんですが、街では一切できないことだから、全てが違和感でしかなくて。

本当に久米島に来るまでの経験全てがそうですね。自分にとってやっぱり違うなっていうところに気づけたから今に至っていて。
そこには自分が求めるものは一切ないなって結論だった時に、やっぱり死ぬまで動物として行きたいなってすごく思いますね。

自分が馬を飼い始めて、最初は本当にゼロからですよね。自分も馬と暮らした経験ありませんし、馬たちだっていきなり自分のもとに来て、知らないやつと暮らし始めた訳だから、彼らだってゼロだったんですけど。

やっぱり自分がその時の強い思いで、君たちにはこうなってほしいっていう思いをぶつけて、一緒に切磋琢磨っていうかもがき続けてやってきた中で、

第一世代の自分たちとともに歩んできた馬たちが、今度その次の世代を育てていってくれてる。自分たちがやるんじゃなくても馬たちが教えていってくれてるっていうのを今肌で感じていて、正にこれが文化だなと思うんですよね。

それでそれってかなり僕の思いとかが強かった部分はあるんですけど、やらざるを得なかった部分も多分にあると。そうしていかなきゃ生きていけないよっていうところが実際にあって。

島の文化とか伝統つながりって、正にそういうことだと思うんですよ。
この自然環境に合わせて、自分たちがどういう立ち振る舞いをしないといけなかったかっていうところがベースになって。

伝統的なことだったり、人々がこういう時はこうするんだよっていうルールだったりが決まってきた。それってすごい生き物的だと思うんです。

他の生き物たちも当たり前にそれをやってて。どんな自然界の生き物でもそうで。
それを人は文化と呼ぶんですけど、別に動物たちはそんな言語表現する必要もなくやってるっていう。僕はそういう流れの中の一員として生きていきたいっていう思いですね。

福ちゃんは色々な世代、種族をも超えて、間に生きている人だなと感じています。これから先の未来を担う世代、子どもたちにどんなものを残していきたいと感じますか。

僕はもう残すものはないと思ってます。
逆に残さなくていいし、残すものはないと思ってて。

彼らが感じることが全てだし、彼らがやることが一番価値のあることだと思っているので。

自分が楽しむっていうことだけかなとは思います。
残すものは本当に一切なくていい。逆にあると邪魔になるだろうなと思います。

とても貴重なお話をありがとうございました。最後にNBWとHPをご覧になるみなさんへ、メッセージをお願いします。

皆様がNBWの素敵なお二人と沢山の気付きを得て、沢山の感動を味わうことを楽しみにしています。久米島でもお二人としかできないことを一緒に出来たら幸せです。その時にお会いできることを楽しみにしています。

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