日々のこと

痛みはなぜ存在しているのか?

身体コミュニケーション

そもそも痛みってなぜ存在しているのでしょう?

学術的なところは、専門家がネットでたくさんアップしてくれていますので、わたしからは身体目線でお伝えさせていただきます。

答えから言うと、痛みはガイドさんです。

山登りをしていて、ガイドさんが「この先は崖なので、氣をつけてくださいね」と伝えてくれているようなものです。


身体は非言語ですから、それを痛みとして教えてくれているんですね。

もちろん最初は痛みとしてではなく、違和感程度です。

「なんか重だるいな」とか「疲れやすい」というようなものです。

しかしその違和感を無視していくと、だんだんガイドさんも大きな声を出していきます。


「これ以上進むと、落ちてしまいますよ!!」

相手が人だったらそれだけ言われると、多くの方は引き返すでしょう。

しかし非言語で痛みとして伝えているので、自分側は別の策を取り始めます。

「あいつ(痛み)がうるさいから、黙らせてしまえ!!」

こうやって薬や治療家など、別の何かでガイドさんを黙らせてしまうわけです…。

ガイドさんは薬で眠らされたり、力を加えられて氣絶しておとなしくなります。

その結果、痛みが一時的におさまることがあります。


しかし根本的に改善していないし、場合によってはもっと危険を察知できなくなっています。

ある程度経つと、ガイドさんはまた目を覚まして、今度は相手がちゃんと聞くしかない声を上げます。

この人は、ここに痛みを出すと立ち止まってくれるという場所に痛みを出します。

ここまで来ると、身体の声をきかなきゃと生活を改めて、方向転換しはじめます。

その結果、痛みが小さくなったり、なくなったりします。


でもだいたいの場合、ある程度すると元々の生活スタイルに戻って、また崖の方に歩き始めてしまいます。

こうやって何度か繰り返していくうちに、慢性的に痛みが出る箇所が決まってきます。

そこを身体の悪いところって表現したりしますが、身体目線でいうと真逆で、実は一番わたしを守ってくれている部位なんですね。


長くなりましたが、何が言いたいかというと、

どうしようもなくなってゴッドハンドなど専門家に何とかしてもらうというのも一つの手段だと思います。

ただそこに頼りすぎると、感覚センサーが働かなくなり、自分で物事を選択できなくなってしまいます。

選択する力は、生きる力そのものです。

身体は常に最適を選択して、身体感覚を通してメッセージをくれています。

それに氣づける自分になるために、違和感のうちから氣づき、軌道修正できる力を育んでいく必要があります。

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