日々のこと

施術の役割

相互循環

こんにちは、NBW吉田です。

今回はわたしの施術に対する考え方についてお伝えします。

7年前、母がすい臓がんになって亡くなったときに、課題をいただきました。

元々トップアスリート 〜 高齢者まで共通するものとして体系化してきたものですが、そこには母のような病床の人は含まれませんでした。

数年後、とある案が浮かんでそちらは今も開発を進めています。

そしてもう一つ浮かんだのは、施術に対する疑問でした。

NBWでは、身体コミュニケーションの先のステップで、相互循環セッションという施術を行なったり、施術ができるようにお伝えしています。

施術でマイナスをプラスに?

施術を受けると効果が出て、これまでに味わったことのない身体の状態が引き出されます。

わたしとしては、マイナスの状態で来られたとしても、施術で0やプラスに近づける。

そしてその日から次回来られるまでにご自身で身体に対してアプローチしてもらって、次来られたときは施術後に近い、または施術後よりもいい状態で次の施術に臨めたらどんどん向上していけると思っていました。

しかし現実はそういうわけにはいきませんでした。

施術で良くなるから少し無理しても大丈夫というように、安心して身体に無理させられる状態をつくっていました。

そこから長期間の自問自答が続きました。

セルフケア?グループレッスン?それとも?

わたし自身は元々身体に興味があるので、身体に対してアプローチすることは日常的なことです。

しかし受けに来られる方は、競技で結果を出すことが目的です。

その結果、今感じている不調をなんとかしたいというのが優先なので、そもそも身体へのアプローチは日常的なことではありませんでした。

この辺りはアスリートに限らず、一般の方も同様だと思います。

セルフケアの方法をお伝えしても、痛みを感じる時に行うというような感じです。

非日常な場合、こうやって悪いものを何とかしたいときにだけ使われることが多くなってしまいます。

体感として変化を感じる人の共通点

ワークショップや個人セッションで身体のことをお伝えしていて、すごく反応がいい人と客観的に見ると変化が出ているのに、それをご本人が氣づかないことがよくあります。

これってなんでなんだろう?

感覚優位だから?思考優位だから?

長年、そのもやもやを感じていました。

そしてその答えに2022年に氣づき、これまでの違和感や問題が解消しました。

だから身体コミュニケーションなんだ!

痛みを取り除くためのセルフケア

これまで痛みに苦しんできた方は少なくないと思います。

わたし自身がその1人で、こんなに痛くて何をやっても治らないんだったら、こんな肩なくなってしまったらいいとよく思っていました。

そして痛みが出たらセルフケア、トレーニング。

全て痛みを取り除くために行なってきたこと。

ここがポイントでした。
痛みを取り除くためのアプローチなんです。

(以前記事にした「セルフケアの落とし穴」が関連記事になります)

そもそも痛みとは、身体からのメッセージ。

痛む場所が悪いのか?

そしてだいたいメッセージをくれている場所は、痛みの犯人ではなく被害者のことが多いです。

それを知らずに痛みのところを鍛えよう、ゆるめよう、なんとかしようとすることがほとんどです。


そこで少し違う角度から見てみましょう。

もしこの痛みとしてメッセージをくれている場所が、自分の大事な友だちだったとしたら??

その友だちの話も聞かずに、いきなり強制的に鍛えよう、ゆるめよう、なんとかしようとしますか?

まずはその友だちと話をして、コミュニケーションを取るはずです。

そうやって友だちとコミュニケーションを取るように、自分の身体とコミュニケーションを取っていきます。

そうすると痛みの箇所ではなく、他の場所に関わった方がいいことに氣づくかもしれませんし、身体がしたかったこと・してほしかったことに氣づけるかもしれません。

コミュニケーションを通して違和感と心地良さを頼りに、身体との信頼関係が深まっていきます。

体感ワークで変化を感じやすい方の特徴の一つは、そうやってご自身の身体とコミュニケーションを取っているかどうかでした。

施術はあくまでもツールの一つ

こうやって施術する側も受ける側も身体コミュニケーションを取った状態で施術を行うと、これまでとは全く違う状態が引き出されていきます。

施術はただのツールであり、自分ひとりでは氣づけなかった新たな可能性を他者とともに見つけられるようになります。

施術の方法をお伝えしている立場ですが、ただ施術ができるようになってもらいたいわけではありません。

むしろクライアントの痛みを一方的に取らない方がいいとさえ思っています。

施術者がその痛みを取ってしまうと、クライアントがご自身の身体とコミュニケーションを取る機会を奪ってしまいます。

痛みを取るのではなく、施術というツールを使って、ご自身だけでは氣づけなかった身体とのコミュニケーションをともにする。

痛みというきっかけを通して、自分ひとりでは氣づけなかった新たな可能性を他者とともに見つけられる機会になればと思います。

長くなりましたが、これがわたしの施術に対する考え方でした。



一覧にもどる
タイトルとURLをコピーしました