日々のこと

4代先から、5と0への発展

日々のこと

前回(4代先の価値)の続きです。
自分だけの経験に終わらずに、経験を継承していく4代先の世界観。

 ①体験する
 ②場づくりを体験する
 ③場づくりを経験する
 ④自分がいなくても大丈夫

この体感の中で、
加えて「5」と「0」の関わりが大切かも〜と感じたお話しです。

ここからはあくまで、私の主観です。

生い立ちや経験、出会いが多く関係していると思いますので、こういう考え方もあるんだな〜ぐらいにご覧くださいませ。
 
まずは5つ目の関わりについてです。

これは④の次の展開というより、
④に近づく程に重要さを増していくと感じたものです。
 
 

5つ目の関わり

 


5つ目は、「外との関わり」です。

4代の継承は同一環境下、縦のつながりの中で役割がシフトしていきます。

対して別の場所との関わりは、
個として異文化へ関わり、横への広がりを見出します。

この横への関わりがあると、
その場所では当たり前だったことがそうではなかったり、意外な事が役に立つなど、想定外の気づきを経験をします。
 
 

テーマカラー

 
慣れ親しんだ場所には、共通概念=テーマカラーの様なものが生まれます。

外に関わると、色の違いを感じます。
自分の中にもさまざまな色合いがあることに気づきます。

少し離れた所から見渡してみると、
自分達も大きな景色の彩りの一色として、再認識することができます。

この感覚がとても大切だと思います。


これが欠けると、全体と一部の関係性が逆さまになって、本来の自分を捨ててその色に染まろうとしたり、すべてを同じ色に染めたくなってしまいかねません。

私はよく畑からヒントをもらいます。

畑は、多くの生物が関わるほどに強くなります。

その強さも、
揺らがない力、支配する力ではなく、どんな相手・状況にも、必要に応じて対応変化できる力です。

言いかえると、
さまざまな生物が特徴や役割を発揮し合える、場の器量、多彩さを受け入れられる余白の存在、揺らげる力に感じます。

組織も個人も、
成熟を増す毎に、1人では育めない、この器量・余白・揺らげる力が重要になっていく気がします。
 
 

一番の豊かさは「違い」から

外とのつながりを持っていると、多様な存在と接するので、自他の「違い」を感じることができます。

そういった経験を重ねるほどに、
違いは埋める必要がなく、むしろその差があることで流れや風が起きることに気づきます。

自然環境と全く同じです。

逆にその差を埋めようとすると、空気の流れは止まり、滞りが起きます。

縦の4代継承の中で養ったことが、外の世界とつながりがった時に、相互に継続・発展する、大きな豊かさに出会える気がします。

これが①〜④を広げる、5つ目の関わりです。
 

0番目の関わり

いよいよ0番目、
これは広げる5つ目に対して、すべてのベースとなる関わりです。

それは何かというと、
「自分の身体との関わり」

身体コミュニケーションです。

なぜそんなに大切なのか。

そもそもどういうことなのか。

どうやったらできるのか。解説していきます。

 
 

なぜ自分の身体から?

 

自然の基本概念は、多様な命の共生だとお伝えしました。

自分が生きるためには、必ず他の存在が必要です。

共生には、すべての生物にとっての最善な判断が、連続的に必要になります。

これは思考で追いつく量ではありません。だから身体に訊きます。

なぜなら、自分の身体も既に多くの生物の共生体であり、身体は生きるためにいつもその選択をしているからです。

一人勝ちは、自らの衰退の始まりです。
身体にとっては、互いが生きられる方向こそ、自然な選択です。

だから身体に訊きます。

かといって、思考が悪なのではなく
身体と思考の信頼関係を育めることが本来の形だと思います。

身体とのコミュニケーション不良は、まるで片輪走行の様なもので、思考への負担にもなります。


本来の能力を最大限に発揮する為にも、
身体とのコミュニケーション力の復活が、大きな鍵となる気がしませんか。
 
 

身体とのコミュニケーションの難しさ

 
しかし、この身体コミュニケーション。
思った以上の難しさを感じています。その理由は現状で以下の3つが考えられます。

 ① 身体は所有物
 ② コミュニケーション方法の違い
 ③ がんばってきた

1つずつ解説してみたいと思います。
 

①身体は所有物

 
1つ目の理由は、
身体を、自分の所有物・管理対象として扱った経験はあっても、「他者」として関わった経験がほぼ無いからです。

思い返してみると、
私もまさに「身体は私がよくするもので、私は管理者」という、コントロール関係を築いていました。


もっと良くなる為に、目標達成のために
運動、食事、ケア…
身体のため!と、一生懸命でしたが

身体にとってはどうか?とは、考えたこともなく、

誰かが言った事や、効果効能として書かれていることを、そのまま期待してしまう事が多かったと思います。

きっと、身体にとっては、
ありがた迷惑の連続への対応で大変だっただろうな〜と、今だから思えます^^;

コミュニケーションをとっていると思っても、

悲しいかな、大抵が身体へのコントロールになっていることが多いです。

これも大切な経験ですね。
 
 

身体コミュニケーションって、そもそもどうやるの?

 
コミュニケーションが難しい2つ目の理由の前に

そもそも身体コミュニケーションってどう行えばいいのか?について少し解説します。

みなさん日常で既にやっていることなんですが、改めて考えると特別で難しくも思えてしまいます。

でも実はとてもシンプルで、

まずは、身体からの反応を受け取って確認をするための時間を設けることです。

「どんな感じ?」とこちらから伺いをたててみます。

その有効な手段の1つが、「一息つく」ということかもしれません。

はじめは難しいかもしれませんが、繰り返すうちにちょっとした変化を感じ、自分の身体特有のコミュニケーションの癖に気づき始めます。

まさに、他者と信頼関係を構築していく段階そのもの。

コミュニケーションとは、1つ1つ重ねていくものです。
 
 

② コミュニケーション方法の違い

 
と、言っても簡単じゃないのが、自分の身体との関係です。

2つ目の理由は、身体と自分の
コミュニケーション方法が全く違うことです。

今の私たちのコミュニケーションの中心は「言語」です。

会話、手紙、メール、メッセージ、本、WEB、テレビ、広告。言語を介したコミュニケーションに溢れています。


対して、身体は非言語でのコミュニケーションを用います。

この違いが難しい理由の2つ目です。

でも私たちは、非言語コミュニケーションの方法ももちろん知っていて、

例えば、小さい子どもには、より簡単な言葉を使い、身体の反応から情報を読み取ろうとします。

動物の仕草や、鳴き声のちょっとした違いから何かを感じ取れます。

身体に対しても同じです。

ただ、1つ違う点があるとすれば、
他者を視覚で捉える様に自分へはできず、すべて主観的な感覚で捉えていきます。

だからこそ、他者の存在がポイントにもなります。。。が、

ここから先に興味のある方は、
NBWの身体コミュニケーションWSで存分にご体感いただけるので、ぜひそちらで味わってください(笑)
 
 

最大の理由 ③がんばってきた

 
さて、いよいよ身体とのコミュニケーションが難しくなる最後にして、最大の理由です。

こちらはみなさんもれなく該当すると思います。

それは、生きてきた時間分の「頑張ってきた経験」の多さです。


身体の非言語表現はとても繊細でささやかなもので、その代表が「違和感」です。

頑張るとは、
違和感を横に置いて続けると言い換えることができます。

違和感くらいだったら、他の何かを優先しても支障がないと判断できてしまいませんか。

例えば、ちょっと休みたいな〜と思っても、終わらせてしまいたかったり、休まず頑張ることを良しとされる時もある。

でもその選択は、良い悪いではなく、

身体が何かしらを感じて、理由があって伝えている「ちょっと中断したい」というコミュニケーションを無視して、別の何かを優先しているということです。

  

頑張ることの代償


私たちは、本当によく我慢をして頑張ります。

歯を食いしばって耐えていることに、
どこか誇らしさを感じたり、応援したくなったりもするのですが、

身体の立場に立つと、頑張ることは一概に美学とは思えず、

違和感を元にした「もっと違うやり方がある」という繊細な改善や工夫、「考えること」疎かにしている状況だと感じます。

「頑張る」の対義語は、決して「怠惰」ではないと思います。

「頑張る」を繰り返す事は、
せっかくの身体とのやり取りの機会を捨てているということで、身体とのコミュニケーションがどんどん苦手になります。

でも、身体との信頼関係は
いつからでも育み直すことができます。身体ってすごいです。

頑張った経験が深いほど、その大切さが次々と沁み込んできます。

身体の目的はいつも1つ。共に生きることです。

だから、自分の身体とのコミュニケーションが、全ての関係性の基盤になると感じている次第です。いやはや。
 

深く根を伸ばす

この0番目の関わり、
自分の身体とのコミュニケーションの実践によって、私の中で大きく育まれているな〜と感じることがあります。

それは、自分の中の感性、感覚、感情、過去、思考、あらゆる存在との関わりの豊かさです。


どうやら身体との関わりは、自分の中に根を伸ばす時間の様で、

自分の中でこの経験を重ねる度に、相手の中にも、奥行きを感じられることが増えてきました。

だから「違い」の尊重、待つこと、任せることが出来てきて、

そこから自分1人では考えられない展開がはじまっています。
 
 

もう一度見渡してみる

 
ここまで読んでいただいた上で、
前回の記事や、下の4代先の言葉を見てみてください。

 ① 体験
 ② 場づくりの体験
 ③ 場づくりの経験
 ④ 自分がいなくても大丈夫

外への広がりが想像でき、自分の身体との世界観に触れた今、

以前よりも、言葉の中に感じる登場人物が増えていませんか?

ご自分の部屋も見渡してみてください。

たったこれだけでも、空間の奥行き感や、聞こえてくる音が変わりませんか?
 

私たちは思った以上に、
自分の見たい様に世界を捉えていると思います。

これは体感ワークで誰でも感じられる事なのですが、

その時のモード1つで、見えるものや聞こえるものが、瞬時に、大幅に変化します。

自分の身体との関わり方が、
こんなに大きく影響を及ぼしていることに、いつも驚きます。

4代先の関わりから、外へのつながりの大切さを感じて、辿り着いた先は「自分の身体」です。

私自身、まだ見えていないことの方がいっぱいだと思います。

でもその多くが、立派な外の世界にではなく、

自分の身体との間、他者との間にあるのかもしれないと、人生で最高のワクワクを味わい始めております。

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