こんにちはNBWの豊田です。
今日は、「施術の概念が変わった」お話です。
やった感と手応え
施術を仕事として、もうすぐ20年になります。
いろいろな形に変化していきましたが、
今はNBWのコンテンツの1つ「相互循環セッション」という施術をしています。
初めは指圧。
カチカチの身体に対して、ふにゃふにゃの自分の手で挑んでいました。
もちろん、最初のうちは1日終えると激痛。
技術の未熟さも含めて、
その痛みを乗り越えた先に成長があると思っていました。
お陰様で数年もしたら、
指への痛みもなく、いわゆる全身でツボを捉えられるようになってきましたが、
例え痛みがなくとも、
これは年を重ねたら続けられないと思いました。
例えば、痩身エステも、似たものを感じます。
現代では機械で人の負担もかなり軽減したと思いますが、
それでも重労働・力仕事の分野だと思います。
受ける人は、寝ながら痛みに耐える。
セラピストは、
息を切らして、汗をかきながら揉みしばく。
互いに痩身というゴールへ向かって、耐える。
年齢とともに技術が重なった先に、
続けられない現実が待っている気がします。
私の施術も
豊田「やり切った感」
お客さん「やってもらった感」
共に頑張った、手応えの上にある満足感で、
生涯続けられるものには感じられませんでした。
その時の身体からすると、どんな感じだったのでしょう。
身体の視点
固いものを柔らかくするって、とても大変です。
身体からすると、
固まった経緯と、今固くなってる理由があるので、勝手に柔らかくされたら困る。
固くなったときと同じく、
柔らかくなる理由と経緯が必要なはずです。
固くなる理由をそのままにされながら、
柔らかくなることを強制されたら、
身体は
「そんなことしたら大変よ!」って焦ると思います。
しかも他人にそんなことをされたら、
余計なことを!って感じる気がします。
と、これは揉まれている側の身体の視点。
では、揉んでいる私の身体の視点はどうでしょう?
私の身体???
施術をしているとき、
「自分の身体はどうかな?」
なんて、一度も考えたことがありませんでした。
やり切ること、
改善させることしか考えていなかったですし、
当たり前のように、
自分より相手を優先していたし、
むしろ、自分の痛みや不具合は未熟さ、
もっと練習して頑張るものだと思っていました。
自分が力むと
これは体感ワークを行うと一目瞭然なのですが、
自分が力むと、相手も力みます。
赤ちゃんが笑うと、自然と周囲も朗らかな空間に包まれますよね。
他者の影響を受ける。多分、これは当たり前のことだと思います。
施術でも同じで、
揉む側が力んで息が止まっていると、受ける側もそれを感じて対応します。
必ずしも同調という形ではありませんが、瞬時に影響を受けます。
逆に「受ける側の我慢」が、こちらにも何らかの影響として現れている場合もあります。
これを相互に循環している状態、
相互循環と呼んでいます。
違和感と向き合う施術
相互循環セッションは、
この「相互に循環している状態」をベースに進めていきます。
実際には、感じた違和感を元に
心地よさを感じる「ここ」を見つけていきます。
どのくらいの強さ、リズム、継続時間で行うか?
その答えは、自分が感じた違和感にあります。
一連の手技の中で、
この違和感と心地よさのやりとりを続けていきます。
手技の方法に意味がないわけではないのですが、
ある意味手法はなんでも良くて、
ポイントはこの関わり方です。
違和感を受け取れるモード
相互循環セッションの最大のポイント
「違和感」を受け取るには、コツがある事に気づきました。
それは「頑張らない」こと。
これは施術の最中の話だけではなく、
日常でも「頑張らない」事を意味します。
以前、頑張るとは、
違和感を横に置くことだと説明しました。
そのまま物事を進めることを繰り返すと、
違和感を感じにくくなります。
すると、
マニュアル以外は、どうやったらいいかわからなくなります。
言われた通りのこと、
または、相手が良いと言ったものが正解になってしまします。
違和感を取り戻すには、
今の環境の違和感に1つ1つ目を向けていく事です。
むしろそれができないと、
大きなリセットをして環境を変えても、
同じ状況になります。
身体との関わりは日常
違和感を感じてくれるのは、自分の身体です。
身体との関わりは、
何か特別なことをして上達できるものではなく、
既にしている事の中で、気づいていくものです。
相互循環セッションを始めてから、
私の日常も変わりました。
気づくことは些細なことなのですが、
あらゆる頑張り、無理が浮き彫りになって、
その量にも根深さにも驚いています。
違和感に向き合うって結構タフな作業です。
でも1つずつ向き合っていくと、
自分の中で
違和感を横に置く理由や、パターンがどんどん見えてきます。
その日常での変化が、
セッションへも大きく影響を与えていきます。
多分、好きじゃなきゃ
私がこれから先、目指したい施術の方向性は
力でなんとかするものでも
体力でこなせるものでも
すごい神業でもなく
そもそも好きじゃなきゃ、ダメだ。
という世界観です。
違和感に向き合うということは
自分の好きに向き合うということ。
施術が好きなんだな〜という事がよくわかりました。
「好きじゃない」の時点で、
違和感を横に置くので、我慢からのスタートになります。
もしくはとても大雑把な受け取りになってしまいます。
好きなことって、
すごく感覚が繊細になったり、他人には理解し難いこだわりが生まれたりしませんか。
大切なのはアクセルを踏む力じゃなく、
摩擦や異音を感じ取って、
ブレーキがかかっていることに気づいて、
ブレーキを外せるか、かけさせないかだと思います。
そこから先は、自分の舵取り次第。
人生の舵取りは、
些細な日常からだなぁ。。。