日々のこと

「良かれと思って」から、一歩先へ

私たちは
「良くしよう」と思って
何かを調整します。

教わったやり方
うまくいった方法
正しいとされている考え方。

それらは
決して間違っていません。

でも
そのまま当てはめると
気づかないところで
小さな抵抗が生まれることがあります。

例えば
身体を整えようとして
頑張っているのに
なぜかうまくいかないとき。

植物を育てていて
教科書どおりにやっているのに
元気がないとき。

それは
やり方が悪いのではなく
その対象に合っていない
だけかもしれません。

調整を続けていくと
現象が教えてくれます。

うまくいかない
違和感が出る
反応が変わる。

それらは
「やめたほうがいい」という合図ではなく

やり方を、その存在に合わせて変えてほしい
というサインです。

身体も
植物も
人も

同じ方法が
同じ結果を生むとは限りません。

教わったやり方は
入口としては、とても大切です。

でもそこから先は
その身体専用に
その植物専用に

その環境と状況ごとに
微調整していく必要があります。

そのために必要なのは
対象をよく観察すること。

そして
自分の行為
自分の考え
起きている現象を

照らし合わせていくことです。

サプライズプレゼントなんかは
たしかに嬉しいです。

その気持ちだけで
幸せを感じてしまいます。

でも
本当に相手のことを思った時には

何が欲しいかを
それとなく聞いてみたり

今、何が必要かを
感じ取ろうとする気がします。

それは
他人に対しても
同じですが

自分の身体に対しても
まったく同じです。

今、自分は
何を必要としているのか。

今、身体は
何を求めているのか。

それが分かりはじめると
不思議なことが起きます。

頑張っていないのに
結果が変わる。

無理をしていないのに
パフォーマンスが上がる。

思ってもみなかった形で
力が発揮されはじめます。

方法を疑うのではなく
身体を信じるだけでもなく

対話を続けること。

その歯車を調整し続ける先には
思ってもみなかった
世界が広がっています。

大切なのは、
整え方、在り方の話ではなく

関わり方なのかなと思います。

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