中学3年、右肩の痛みから始まった
わたしは中学からテニスを始めました。
夢中になりました。 うまくなりたくて、人一倍練習しました。
15歳のとき、右肩を痛めました。
最初は「少し休めば治るだろう」と思っていました。 誰もがそう思うように。
でも、治りませんでした。
病院に行きました。 リハビリが始まりました。 筋力をつけるためのトレーニングも始めました。
真面目に通いました。 言われたことは、きちんとやりました。
それなのに。
痛みは消えませんでした。 それどころか、痛む場所が増えていったのです。
肩だけだったはずが、手首も、膝も、足首も。
改善しようとするほど、悪化していく
いま振り返ると、不思議な話です。
良くなるためにやっていることで、悪くなっていく。
でも当時のわたしは、その矛盾に氣づけませんでした。
「治らないのは、リハビリが足りないからだ」 「筋力がまだ足りないからだ」 「もっとやらなきゃ」
そうやって、さらに頑張る。 すると、また別の場所が痛くなる。
完全な悪循環でした。
テニスは、思うようにプレーできません。 同級生は、どんどんうまくなっていきます。
わたしだけが、置いていかれる。
焦りと、悔しさと、出口の見えない不安。
「こんな肩、なくなってしまえばいい」
ここから書くことは、長いあいだ、ほとんど人に話してきませんでした。
でも、この物語を読んでくださっているあなたには、お話ししようと思います。
痛みが続いて数年が経ったころ、わたしは自分の右肩を憎むようになっていました。
「なんでお前は、ちゃんと動かないんだ」 「こんな肩、なくなってしまえばいい」
本氣でそう思っていました。
そして、実際に、自分で自分の肩を傷つけたこともあります。
いま思えば、あれは悲鳴でした。
8年間、出口のないトンネルの中で、わたしは自分の身体を敵だと思っていたのです。
もしあなたが、いま、自分の身体に対して似たような感情を抱いているとしたら。
「なんでわたしの身体は、思うように動かないんだ」 「この痛みさえなければ」
その氣持ちを、わたしは責めません。 痛みの中にいる人間にとって、それは自然な感情だからです。
でも、ひとつだけ、先にお伝えしておきます。
あのとき憎んでいた右肩は、いまのわたしにとって、人生でいちばん大切なことを教えてくれた存在になりました。
8年間の痛みがなければ、いまのわたしはありません。 この物語も存在していません。
あの痛みは、罰ではなかった。 ずっと、メッセージだったのです。
そのことに氣づくまでの物語を、次の章でお話しします。
今日からできる小さな一歩
この章の終わりに、ひとつだけ。
いま、あなたの身体で、痛いところ、思うように動かないところを、ひとつ思い浮かべてください。
そして、責めるのでも、無視するのでもなく、ただこう問いかけてみてください。
「もしかして、何か伝えようとしてる?」
答えはまだ出なくて大丈夫です。 問いかけること自体が、最初の一歩です。

